新年会の需要について

1週間たち2週間たつと、危倶した通り客足は、潮を引くように遠のいていった。
1カ月目の赤字500万円、2カ月目は700万円に膨れた。 「T8」二店の売り上げをかき集めて、食材店や酒屋の支払い、借入金の元利返済に充てた。
Wは月給ゼロ、幹部社員も30万円から8万円に大幅カットせざるを得なかった。 Wの無給は、危機を脱する半年間続いた。
撤退を決めたWは、すぐさま「T8」への転換を進める。 窮状を知った社長Iの説得で、競合申請していた他のオーナーが、出店を取り下げてくれた。
業態転換のための改装費に、加盟金を加え2千万円。 好調な高円寺店、大和店の実績があれば、銀行は簡単に融資してくれると踏んでいた。

Wは、ここでも自分の判断の甘さを思い知らされる。 「いくらでもお貸しします」と、もみ手で応対してくれた取引銀行のこれまでの態度が、がらり変わっていた。
S屋開店の五カ月前、渡美商事は関内に関西風お好み焼き専門店「唐変木」を開店していた。 「あなたの器では、せいぜい三店までが限度。
それ以上やること自体、うぬぼれが過ぎる」。 銀行の支店課長にこうまで言われ、Wは、はらわたが煮えくり返る思いをどの銀行にも相手にしてもらえず、途方に暮れていたWに救いの手を差し伸べてくれたのは、T8と取引関係にある酒販売店「S屋」専務Y(現社長)。
Iの口添えがあった。 Wの目の前に広げられた、ふろしき包みの現金2千万円。
T8への業態転換費が、やっとのことで工面できた。 金をめぐる駆け引き。
その裏で体験した人の情けと非情の現実を、この時ほど恨めしく思ったことはない。1987年2月25日、S屋上大岡店閉店。 3月11日、T8開店。
同じ場所でありながら、来客の勢いは目を疑うほどの変わりようだった。 半年も持たなかったS屋上大岡店に先駆け、1986年5月、関西風のお好み焼き専門店「唐変木」を、横浜・関内に開いた。

T8の成功により、チェーン店のオーナー向けに全国を講演して回ったWが、大阪で食べたお好み焼きのうまさに「これだ」と、ひざをたたいた。 小学5年生の時、36歳で急逝した母が、よく作ってくれた。
忘れられない家庭のぬくもりを感じる料理だった。 関東ではまだ日常食になっていないが、潜在需要はあると踏んだ。

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